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失うことに対する恐怖が僕らの能力を制限していることに気づいたiPhoneの事例

最近、フィリピンにて携帯を買いました。
ついにSIM Freeの携帯をゲットです。これで今後海外に行く際にも不自由なくネットに気軽にアクセスすることができますね。

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新しく買った携帯。oppoという中国のメーカーのものです。

 

それに伴い、心理的な変化とそれに派生する行動の変化がありました。

 

まずは今までは「海外で携帯使えなくなったら死ぬ」と思い(実際にはそんなに困りはしないのですが、むしろ日常的に気軽に写真を取れなくなるのでそちらの方で困りますね)、とても大事に使っていたiPhoneですが、まぁ、なくなってもなんとかなるだろうと非常に楽観的に考えることができるようになりました。

その結果、iPhoneのケースを外して、生身のiPhoneを使うようになりました。

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生まれた時と同じ状態のiPhone. カバーをつけている時とはフィット感が全然ちがう。

 

そして、日々、iPhoneの素晴らしさを再認識しています。

こんなにも持ち運びやすいものだったのか、こんなにも軽やかに使うことのできるものだったのか、こんなにも使うことにストレスのかからないものだったのか、と。

ケースがあるかないか、という、まぁ、言ってしまえばそれだけの違いです。
厚さにしても数ミリ厚くなっただけ。重さにしても100g程度重くなっただけでしょう。

それだけの違いですが、常に持ち運び、最もよく使うものの1つであるがゆえに、持った時の肌感覚というかフィット感の違いというものはたとえ僅かな違いでも気になるものなんですね。

イメージとしては今まで鎧に守られていた武将が、鎧を取り去ると身軽になり、より強くなったような感じでしょうか。

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最近までiPhoneにつけていたカバー。安心感はあるが、iPhoneを使う体験の質は落ちる。

 

こういったことは、実際に生活の他の場面でも起こっているよなぁ、とぼんやりと考えたりもしました。

 

失うことってめちゃくちゃ怖いですよね。
特に自分が持つもの(物だけでなく、能力、地位など)が増えるにつれて、今までチャレンジできていたところで、このままの方がいいかな、変わりたくないな、と思うようになってきてしまうのではないでしょう。

まして、いろいろと経験をするにつれてモノに対する思い入れも湧いてくると、いよいよ失うことが怖くなってきます。

 

僕は今回、iPhoneのケースを外すことによって、その物本来が持つ能力を存分に享受することの素晴らしさ、そして、そのためには失うことに対する恐怖を乗り越える必要があることに気づきました。

失うことを恐れて本来の素晴らしさを体験できずに終わるのももったいないことだと思うので、大切にしつつ、最良の能力を引き出せる使い方で持ち物は使っていこうと思いました。

そして、ますます自分の持ち物が増えて行くであろうこれから先の人生でも守りに入らないでいきたいな、とも思いました。

言ってみれば単に携帯のケースを外しただけですが、それだけでもこんなに感覚的に違うのかと驚きました。僕の観測範囲ではほとんどの人が何かしらケースに入れてiPhoneを使っていると思うので、一度何もつけないiPhoneも体験してみてはどうでしょうか。きっと今までとは一味も二味も違ったユーザー体験ができるのではないでしょうか。

ありがとう、iPhone.
そして、よろしくねoppo.